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エッセイ 仕事・働き方 教育

私は常に出会いが大切であると言っている。

投稿日:2016-12-31 更新日:

私は北海道で教員を務めていた。教育論は様々で何に力を入れているかは先生次第の部分もある。もちろん共通的な教科指導や生活指導はやるべき事は基本的にするのだが、私が目指していたのは世にいう良い先生ではない。逆に先生らしくない先生というのは先生としての地位をおかしくしていると思っていたが、これも一つの挑戦として私は捉えていた。

先生ってつまらない。だから先生を目指す。

公務員を目指す大抵の目的は、子どもと関わりたいという気持ちの面が全員が持っていることだろう。その他にもそれなりの地位、安定している中でお金がもらえる。給料は昇給性である。公務員でなくサラリーマンとして会社に入ってノルマをこなすのが辛そう。やっぱり先生がしたかったなど考えは様々である。それはそれで私は色んな手法や考え方や人柄もあって、教育として色んな人と関わるので人は成長していくと思うので、色んな考えがいいと思って私は割り切っているし、多種多様だからこそ教員の志の価値観を否定するつもりは一切ない。

私の目標は先生っぽくない先生を目指している。

それだったらそのへんにいる兄ちゃんと変わらないのでは?と思う方もいるかもしれません。

私はそもそも学生時代に先生というのに大きな興味を持つ事はなかった。

先生対生徒、その立場での距離感でしかものを見ていなかったと言うべきか。この関係は知識を学ぶにはちょうどいい距離感だと思う。逆に言うとそれ以外を学ぶチャンスは少ない関係と言うことになる。大学入試に向けた勉強をする。それだけで一つの目標は達成していることになるのだが、なぜ大学に行くのか。今後何をしなければならないのか。勉強はやらされていたけど今後この勉強は何に活かされるのか全く理解をしていなかった。そのようなのが大学入試手前まで続き、将来の選択もきっちりとはせずに皆が大学に行くから俺もどこか行かなきゃなならないというくらいの発想で大学を選択し、高校時代を終えてしまった。私が選んだ学部は国立に入るために勉強していた分、入試は難しいというほどでもなかった。しかし、ここで入ったサークル活動が私にとって大きな転機となった。幸いだったのが、大学の偏差値が上位の学部もあれば低位の人がある大学を選んだことである。

高校までの価値観

進学校にいた私は、学力の競争をさせられ、いい大学を目指すことが大切だと信じていた。母親からどの大学に行っとしても、どこで学ぶかではなく、そこで何を自分から学ぼうとするかが大事だと言ってくれた。進学前にはそれの意味が全くわからず、適当に単位をとって、卒業した先に就職が待っている。そんな感じでお金の事も大して気にせず、親に迷惑をかけている状態だった。その中で私は勉強ができることがステータスと信じていて、それが高い人は人間的に優秀で、私は勉強ができない価値のない人間だと思っていたのだ。

大学での価値観の変化

ここまでが私の一つの固定観念的なものに支配されていたときが、この最初の段階に当たるのだが、大学のサークルでは大学内の偏差値がばらばらな分勉強ができる人もできない人とも小学校以来の状態に戻った環境ができた。そしてサーク活動の際に私の中で衝撃的な事件が起きる。小さいことではあるのだが、私はペーパーテストで勉強ができない人に魅力を感じてしまったのだ。「あ、なんだ勉強出来なくても魅力ってあるんだ。」この感覚を持ったときに一つ視野が広がった気がした。

自分自身もこの集団の中で数十人の前で喋る機会があった。サークルの練習終了後に友人と話していると”よくあんなに人前で焦らずに喋ることできるよね?”と言われ、「そんなの皆できることじゃないの?」と内心思いながら他人との違いを感じていた。しかし、私にとって他人との違いの部分を素直に伝えてくれる人がたまたま近くにいたのが私には幸運であり、転機だった。

その違いや褒めてくれる人がなぜあんなにも多かったのか。その要因には私立大学に行かせられるだけの収入がある上、親に可愛がられている環境。浪人して入ってきた人、全然勉強せずとも異常にコミュニケーション能力の高い人がいたからだろうと思う。そして、こういった人たちの中で私は一年間で少しずつ練習や人付き合いがどんどん変わっていったし、練習もひたむきにするようになり技術も身に付いていた。

そして、新入生が入学し、披露する場では”上手ですね”といわれ、自分は大して上手くはないのにやっていない人から見れば上手に見えることがいかに大事かを学ぶことができた。そして、ファンが増えていっているのも実感することができた。なんかよくわからんけど、こういうのって自分のいいところなんだ、これって皆ができない俺の良さなんだなと自分の中で自信が付いてきた経験がある。高校までの価値観にあった学力の高い人に言われるのが自分にとっては影響があり、自分のできることは他人にはできない能力があるとさらに感じることができた。そして、会議においても勉強ができる人たちと会話するが、”鋭いこと言うね”とか、後輩達には”解決するのが早くて相談しやすい”です。とお世辞でもいいので言ってもらえることが増えた。これは自分にとってかなりのプラスになった。

自分の変化は周りの友人の言葉によってもたらされた

決して学校で教わらないことは、友人だからこそなり得ることがある。これは大きな要素になると私は思っている。

私は高校までの悩む時期が多く、それに対しての解決策は見つかっていなかった。高校時代は悶々と生活し、相手にはめんどくさそうにされているのも実際にわかっていた。だからこそ大学での出会いというのにはかなり感謝している。高校時代の悩みがもっと早く解決出来ていればどんなに楽だったのだろう。そんな思いがいつも頭によぎる。

社会人になって

私が悩んでいたことは、先生対生徒では解決しにくい問題だったと思う。なぜなら、その解決をできるほどの経験を同年代もしていないし、先輩も同じ高校だとほぼ同じような経験しかしていないからである。先生対生徒の状態が出来上がっている場合には知識以外の相談はしない。ここを一般の兄さん的な立場の人と知識勝負をしない人として付き合っていたらどう感じるだろう。その人の生き方や考え方が先なら先生としての知識というフィルターはまず外されるだろう。そして、考え方を私自身がしっかりと確認できたならば相手に尊敬が置かれる。私は勉強よりも悩みを解決することの方が高校生にとっては大事だと思っている。すなわち悩みを解決出来る力を持っている人生経験豊富な人がいるということは、その人は高校生にとってなにかとてつもなく大きな存在に置き換わっていく。そうすると、その人に近づきたい、認められたいという欲求がはたらき、嫌いな教科でも頑張りたいという気にもなるし、その人の考え方をもっと知りたくなるのが人間である。同じ輪の中で精神年齢や悩みが違うときには解決しないことがある。だからこそ私は教育の現場で悩みを解決出来て、その人の悩みや良さを発見していってあげたい。そのためには厳格な先生対生徒の関係を多少緩める先生がいてもいいのではないかと思う。

悩みはその人にとって最大の利益になる。その分パワーを費やしているもの。さからこそそれが解決出来たときの一歩は大きい。しかも悩んだ末の答えが見つかった時って大きな原動力や自信に繋がっていく。

だからこそ、私という教員らしからぬ教員を通して、皆の力になりたいとと思う。

あなたに会えてよかった。そんな人になるよう私は常に前進している。

最後までお読みいただきありがとうございました。

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