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エッセイ 生活

飲み会ってそんな大切なのだろうか

投稿日:2017-01-06 更新日:

初任で付いたばかりの頃、お酒を飲んで迎えられこれが歓迎会というものかということ少しずつ理解してきた。当時は飲み会ってこんなもんなんだなという認識であったのだが、数年経ってやっと気付いてきた。この先輩ただやることないし、寂しいから誘ってるだけなんじゃないのか?

今日飲み会やろう

「今日は販売会も終わったし、飲み会をやろう!」「今日は最近飲んでないから、家で飲むから来ないか?」などなどまぁお酒が好きなんだし、飲み会というものが好きなんだなと思っていた。実際に行くと自分達でお酒とおつまみを買っていくのですが、ビールは最近好きじゃないし、次の日も俺は朝から仕事をしなければならない。この人達は朝から仕事ないし、寝ていられる。最初からその思いだけで楽しく飲もうという気が失せるものだ。

飲み会って名前つけるの止めてほしい

そもそも私は飲み会というもの自体があまり好きではない。というのも昔から目的主義の私にとって,飲み会という名目から目的が「飲むこと」にあったと思っていた。

簡単に言うと誰が酔っ払わずにたくさんお酒を飲むことができるかを自慢する会が私にとっての飲み会だったのだ。こういった類いの「タコパ」などは私にとってたこ焼きを皆で作って食べる。その中にお酒や雑談が混じるものだと信じて疑わなかった。メインはたこ焼きを作ることが一番重要なことなのだと。

なんせ、私は食べることが好きなため参加者各が色んな具材を出し合って、創作する「たこ焼きパーティ」だと本気で信じていた。実際には、メインは「おしゃべり」でサブテーマが「たこ焼きをつくりたい」というのが実態であった。

話すことの内容にもっと質の高いものを求めたい

元来私は考える行為が好きなため、人の雑談とかをあまりおもしろいと思わない方である。

自分には関係のないどうでもいい話の何が楽しいのか?

その話は君のただの情報じゃないの?

脈絡もなく報告のように自分で言って笑っていて不思議だなと思っていた。多くの人は話の結論なんてどうでもよくて自分が誰かと何かしら喋っていること自体を楽しんでいる。しかし、私は話の中身の方に興味があってそちらを重視しているのがみんな当たり前だと思っていた。

だから私にとって飲み会というおしゃべりを大勢で話すというのに、どうも「楽しい」という実感がもてないのだ。どちらかというと好きな話が合う人とするお酒を飲む時間の方が私は楽しい。言葉のキャッチボールもできるし、自分が話す時間があるし考える時間もある。興味がある話であれば深く質問して相手に聞いていくこともできる。この会話スタイルが考える人にとっては楽しい有意義な時間なのである。

ただ、私は大勢の前ではあまり主張はしない。しかし、多数の人は皆の前でおちゃらけたことをいって、その空気感を楽しむ人が多い。

しかし、この人数比率にこそ私の悩みがあったのだ。それを純粋に楽しめる人は楽しい時間を作っているに違いないが、私にとってそれは楽しい時間ではなく、愛想笑いをする上司とお付き合いをするいわば接待の時間に近い感覚なのだ。

飲み会断って一人でいれば?

そしたら最初から断ればいいじゃんという考えの方もいらっしゃるだろう。こういった考えの方にも対しても私は意見を述べたい。

誘った側からすれば断った時の反応は、「折角誘ったのに来ないのかよ。今度は来てよ。」と話してくれるが、数を重ねていくと相手にも「一緒に楽しみたいのに、俺嫌われているんじゃないか」という考えにいく事はすぐにわかる。断った私側からすれば、誘った人はきっと「付き合い悪い人だ!と主張するに決まっている」と私に対して内心思っていることだろう。そして、その飲み会を楽しんでいる群れの人が、私にレッテルを貼ることも予想が付いてしまう。

上記のものは全て宅飲みで行われるものだが、さらに厄介なのはお店にいって話すパターンもあるのだがこれがまためんどくささを増していく。

お店行って飲もう。 え?お金も消費させる気??

まずは移動が嫌になる。私は北海道の田舎にいたため、タクシーを利用出来る地域でもなかったし、もちろん自分の車でお店まで行くこともできなかった。寒い中歩いて行かなくてはならない…少しでも遅く行くことで閉店時間に近づけたいという私の思惑があったため、遅刻していきたいという考えもあった。「たくさん飲もう」の裏に寂しいからたくさんいようという考えが隠れていて、私としてはマジかよ!という感じになる。

こっちとしては尊敬している先輩と飲みに行ってるわけでなく、飽くまで「付き合いとして先輩を立てるため」に飲みにいっている。先輩としてご馳走してくれることが多いのだが、それは感謝する部分ではあるのだけれども、私としては「ここで自分で金も払うなんて、あなたの話を聞いてストレス発散して、自分の金消費するっていったい何してんだろう」と内心思ってました。ここでは時間をも使うし、お金も消費するパターンになる。しかも皆で負担する分、先輩を差し置いて食べるのは気が引けてしまう。だからこそ、この自分の中での気持ちの折り合いがつかない分、歯がゆくて精神的にも消費してしまうのである。

話の内容

仮に参加したときに何の話がメインなのか?

実際に話される会話は何かを考えると、一番めんどくさいやつは、説教話と自慢話(過去の栄光にしがみつく)である。しかもこれを何度もループするパターンがあるし、謎のアドバイスをしてくることもある。これも厄介だがパチンコの話と携帯ゲームの話ばかりも辛い。後は少々の下ネタの話。

ただ、私は先にも述べたがその先輩を心から全然尊敬をしていない。その気持ちも相まって、この人達は上のような「どうでもいい話は楽しそうにするよな。」とさらに卑下した目で先輩を見てしまう。という悪循環がおこってしまう。

自慢話やありがたいお言葉をされる中、私はこんな風に思ってしまう。

私はあなたの考えが一番素晴らしいとは思ってないし、あなたを目指してるわけではないので、仕事上のお付き合いとか考えなかったら、あなたといませんよ。あくまでも飲み会は仕事の延長線上にある物だと思ってますから」 と

 

次の日も延長で話すんだよね

私の職場は15人程度の職場だったため、この日のおもしろくもない話で盛り上がろうとする傾向があった。中にはそんな飲み会での事を次の日に持ち込むことないでしょう?と思う方もいるかもしれませんが、狭い職場では、次の朝の会話に持ち込まれるのが多々あるのだ。大きな会社だと各グループでワイワイやる感じだが、少人数だと全員で話を盛り上げていくスタイルになるため、繰り越しで次の日に話が持ち越されることは少ない。だが狭い田舎のコミュニティだとこれが成立してしまうのだ。

 

まとめ

ストレスのはけ口がお酒。それとおしゃべり という人は是非飲み会を好きな人同士でやってほしいと思う。ただ私は家で寝る時間に充てる方が十分ゆっくりできるし、明日の仕事のパフォーマンスも十分よくなる。だから私は言いたい!!飲み会やりたいやつは好きな人でやってくれ。俺をその中に入れる必要はない。

最後まで読んでいただきありがとうございました。

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