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教育

中学校の教員の難しさ

投稿日:2017-01-17 更新日:

小学校、中学校、高校、もっといえば幼児教育など広く校種というのは存在します。

その中でも中学校というのは、変化が大きく指導も大変だといわれています。

高校は人格の完成期ですから、大人として対応出来るようになってきますが、中学校は子どもと大人が共存している時期と位置づけられ、非常に多感な時期なのです。今日はこの中学校の荒れと修正するべき事について考えていきたいと思います。

 

中学生の心と行動

中学校の教師の難しさは同学年の子どもの中に、ほとんど不安らしい不安を感じずに子どもらしく生きている生徒と、限りない不安や変動に恐れおののいている生徒が共存しているという事実にあります。

 

限りない不安や変動に恐れおののいている生徒の場合は、ほとんどの生徒は自分の状態を言葉で表現することができない。つまり、多くの場合は言えない状況にあります。こういった場合は教員側で子供達の言葉ではなく、その行為や状態から、子供達を理解していく努力をしなければなりません。

 中学生の非行や問題行動のほとんどは助けを求めていることが多いと言われます。しかし、彼らは「不安な上に、誰に言ったら良いかわからず、自立したいという葛藤の中、プライドも高くなる傾向があるため、今すぐ助けてください」とは言えないのです。

簡単に言語化出来ないことをなんとか言うためには、彼らにとってふさわしい状況が必要なのかもしれません。外部に発信するための補助ですから、言語化の補助や寄り添って聞いてあげるなどの配慮をしていった方が子供達にとってはベストな環境なわけです。そういった中で教員というのは生徒の発する言葉ではなく、行動や表情から伺えるものを大切に拾っていく必要があります。

中学校にはルールが存在しない!?

中学校で規程(ルール表)がないんです。

それっておかしいでしょ?中学校ってルールが存在しない。内規が存在しないんです。つまり、「教員それぞれでルールを決めて下さい」という裁量の部分が多いんですよ。そうするとどうなるかっていうと、指導の足並みが揃っていかないんですね。そうするとあの学級はいいけど、うちのクラスはダメなんですかとなるわけですね。

簡単に例を言うと、高校では服装なんてのが存在しますね。スカートの丈や、集会でのネクタイやブレザーの着用など、細かく決まっているんですよ。もちろん生徒手帳を配られ、その中にルールが記載されていますよね。その中でしっかりやりなさいというのが高校では徹底されるんですよ。頭髪もそうですし、授業態度のひどい生徒は職員室に呼び出されるし、休み時間中も廊下に座るなとも言われます。こういったことで風紀を乱さず、勉強に集中させる環境を徹底させていくんですよ。

※もちろん偏差値が高い学校はこういったことをしなくても、勉強ができて、進路実績がよければそれでいいので、ほぼ自由といった環境が整えられてしまうんですけども。

中学校の問題は、自分で判断出来ない子も存在して、こういった子が風紀を乱していって、それにあわせて悪いことしちゃえって子が多くなってしまうことに問題があるんですよ。線引きが曖昧になって、凄い悪いやつが凄い悪いことしてたら、悪いことをしたやつは、凄い悪いやつを話に出して、それはどうなってんの?って言ってしまえば、皆が皆、少しくらいやっても怒られやしない。となるわけですから、荒れた環境なんかすぐに出来上がってしまいます。

その結果の末路

中学校にいるとわかるのですが、卒業生達が中学校に訪れて、中学の先生に久々に会って、こんなことを言います。

高校に行ってルールが厳しい。

いろいろ頑張ってます。

こういう生徒って学力が低い高校にいった子達が中学校に来るんですよね。

なにがいいたいというと、結局中学校でもルール守れなかったし、頑張りきれなかった人は上級学校行ったって、ルールを遵守することを教えられるのだから、散々頭も使わず、わがまま言って我慢してこなかったんだからそりゃそうなるだろう。

私からしたら、なんで中学卒業まで授業をいい加減にしていて、普段の何もやらない子達の話を合わせていて、卒業して高校の範囲に入っているのにも関わらず、中学まで来て助けを求めに来るなよということがいいたいです、こっちは義務教育という名の下に優しく取り扱ってるだけなんだから、それ以上は自分でなんとかしろよと思ってしまうわけです。いつまでも甘えてんじゃねーよってことです。

対称的に高学力の子って、クラスのアホ達のめんどくささに飽き飽きしていたし、高校に行っても相手と楽しむ能力が培われているから、多くの場合、わざわざ中学校になんて顔出さないんですよ。自立しすぎている子は自分で全部できちゃうので、先生ともあんまり関わってこなかったので、指して話すこともないし…。っていう理由もあるんでしょうけど。

 

学校自体が変化出来るという証明 荒れてる学校から普通の学校へ

荒れてる学校の象徴的な話なのですが、荒れというのは、上記に示した生徒が学校に多数いる場合に起きるんですよね

それって親の教育力が元々ないのもあるんですが、そういう集団になっている状況も問題であることの方が多いと思うんですね。

高校に行ったらできるようになりました。って子がいるとすれば、それは中学校教員が生徒を甘やかしていたって事になるだけだと思うんですよね。

教員集団の問題としても、昔より良くなったから今くらいで十分、という考え方に問題があるんですよね。だいたいの成果が上がったら、違う先生が異動してきて「これはひどい!良くしていこう」って考えにならなければ、教員同士の新旧対決になって、長い期間在籍する旧の方が、少数でも権力を持ってしまうんですよね。

だからこそ、こういったことを教育委員会がもっと考えて人事というものをしなければならないはずなんですけどね。

教育委員会も荒れてる現場で働いている人も少ないし、集計などのExcel事務作業ばっかりやってるし、上に行きたいイエスマンが多いのでなかなか学校に目を向けないんですよね。

 

まとめ

教員も親も、もっと子供達に嫌われて良いという姿勢が必要なのではないか。

親も嫌われたくて嫌われたくない。って気持ちもわかりますけど、嫌われても教えなくてはならないことがいっぱいあるはず。今のご時世嫌われることが嫌という感覚の人や、親という自覚がない人もいます。まず、最初の荒れの原因は、めちゃくちゃ悪いやつを作らないことが大前提ですからね。親子の仲がただただ表面上良ければいいという考えは避けてほしいです。教員も同様に生徒に嫌われてなんぼという感覚をそなえた方が良いのかといつも思っています。

簡単に直る問題ではありませんが、荒れるということに対して、読者の皆様にも考えてほしいと思ったので書かせていただきました。

最後までお読みいただきありがとうございました。

 

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