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生活

挨拶にうるさい人でも考えてくれればいいんですが…

投稿日:2017-01-20 更新日:

挨拶は大きい声でしろという人がいる。

私ははっきり言ってこれには反対している。

部活での指導の中で大きな声で挨拶しろと言っているようだ。私と出会った時に、集団で大きい声で挨拶してくるのである。挨拶の声がでかいのはいいんだけど限度ってものがあるだろうと思ってしまう。

そもそも最初の交流として挨拶をするのは無視をするよりは良いと思うんですが、私が一番大切にしているのは気持ちの面である。

だから、強制されて挨拶していると思うだけで形だけになってしまうのは見え見えなんです。

気持ちのこもった挨拶とは

挨拶ってなんでするのか

交流の糸口として、挨拶をするのは非常に重要な手段である。

「本当にありがとうございます」深々とお辞儀をされるおばあちゃんの挨拶などは気持ちがこもっていていいですね。

 

だけどかなり歳がいった上司の先輩は

職場で「全員に挨拶回れ」とかわざわざ言ってくる。「はっきり言ってそういう風習いらない。」そもそも必要性があればするというのが考え方が一般的なのだから、挨拶をしないのは失礼とか思ってる人がいるかもしれないが、それは違うと私は思っている。そういうのを大事にするのであれば、本人が他人にされたときに、「自分もしよう」と思えばいいだけの話であって、それを強要するのはだだの押しつけに過ぎないのではないかと思う。つまり、必要性を本人は感じていないのだから、もしした方が良いと思うのであれば、していない人に「しないの?」程度に抑えるべきであって、わざわざ「してこい!」というのは違うと思うんです。

体育会系の挨拶

挨拶は大事だから、大きい声でする。

しかも、上下関係の最初の段階で挨拶しないことをダメだと思っているから、尚質が悪い。

本当に自信のある人は、「挨拶は上下関係を示すものではない」と思っているので、強制するものではないと思っている。しかし、頭を使わない人というのは、「皆から挨拶されている人はすごい人だ」と勘違いするため、それを周りや後輩に強要していく。しかし、実際に尊敬される人というのは、そういった外見から推測されることに魅力を感じているわけではなく、その人の考え方や行動について魅力を感じている。その結果、挨拶を兼ねてお話をしたいと思うのが本質であるのだが、バカは表面しか見ることができないため、「挨拶を大きい声ですればいいのだ」ということを強調してしまう。

 大学の寮でこんな事件が起こった。

大学の寮で苦情が来ていた。バカな先輩が後輩に指導する内容を考えていないため、ひとまず考えてない人の発言する内容がこれ。「お前ら寮でも学校でも、挨拶してない。声小さい!!」。そこで後輩達もバカにはバカなりの対応をしてやろうということで大きすぎる声で学校でも「おはようございます!!!!」と言いまくったのである。そうすると、大学の学生課から「そんなこと止めてくれ」との苦情がきた。

この件についてはバカには学校からの迷惑って事で通告しないとわからないだろうという思惑があってやったことだが、大学の寮に関係ない人からしたら、かなり迷惑だったに違いない。

結局、大事なのは挨拶においてその人にどれだけ敬意を持って挨拶するか。その表現方法の一つであるということを認識してほしい。

 

こういった人は、礼儀を大事にすると言ってるくせに、歳下の人に謝ることを知らない。

誰に対しても失敗や、迷惑をかけたら「すいません。ありがとうございます。」などの言葉をもっと言うようにしていかなければいけないのだが、頭が回らない人は上下関係において、謎の短絡思考をする。

「自分より年上は偉くて、自分より年下は雑に扱ってもいい」という考え方

私は自信がある人は余裕を持って生活していると思っている。どこかに自信がある場所があれば、でかい態度を取る必要もなくなるのだが、不安な人ほど自信を持てずに生活している上の人に媚びへつらうことが愛されることと信じてるが故に、媚びることを覚えてしまう。しかし、そういった行為の中に、年下の人に慕われるという事がないということをわからず生活しているのは、私は不幸だなと思ってしまう。

バカの挨拶の仕方を教えてるやつ

そういった人が指導する内容というのは明らかな上っ面なものが多い。そして、そういう人には不思議と浅はかな人が群がってくる。

ある部活動でそういった人が来てからというもの、生徒も挨拶をするようになったのだが、部活動が3年になったら終わりという時期に来た。その時期を過ぎた瞬間に挨拶運動は終わるのだ。運動系の所属する人って、評価が上がるから、所属している期間はしてしまうんですよね。

こんな例もあります。

ボランティア活動をしたときに、一番ダメな部活はなにか。というものがあった。

それはなんと意外にも野球部というのだ。もちろん、しっかりやる野球部もあるのだが、監督がいてレギュラー入りするために挨拶をするようになってしまったり、それ以外について監督の目が届かない、情報が漏れなければ何をしても良いと思っている集団になってしまうのだ。

「類は友を呼ぶ」と言うが本当にそうなっていく。そして、私はいつもそんなやつと関わりたくないと思ってしまうの。ホリエモンもダメなやつとは関係を絶っていくと言っていたのを思い出してしまった。

まとめ

必要な挨拶を「形から教えることはせずに、敬意を持つ」ということを教育者や親の方には、子供達に伝えてもらいたいと常日頃思っている。

最後までお読みいただきありがとうございました。

 

 

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