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エッセイ

たった一度の人生なんだから自分のやりたいことをやっていく(所詮他人の人生なんて他人事)

投稿日:2017-08-18 更新日:

所詮他人の人生なんて他人事

だいぶ前に言われて、はっと気付いたことのある一言である。

みなさんはそんなこと言われたことがあるだろうか?

 

確かにその時には必要以上に言葉をかけてしまうことがある。

 

過去を振り返ってみて自分の人生は自分で切り開いていかいないといけないということを認識させられることがよくある。

大学の同級生の進路先を気にしたことがない

まずは大学のことであるが、各々進路に向かって進んでいく。

会社に属していくもの、公務員になり国や地方自治体に属していくもの、無職になるもの…

友人の多くの中で自分の就職先が先で、友人の就職先など実はいうとどうでもよくて、自分の進路を一番に考えている。

自分の進路先が決まると、安心してそれ以上に誰かに触れることもなく、卒業していった。

 

結婚式などで友人の繋がり友人と会うことがあるが、結局友人の進路先など自分にはどうでもよかったのである。

その人が大学の時にどんな悩みを持っているかもわからず、友人は自分の道を突き進んでいった。

 

その友人からすれば、私もまたどうでも良い友人の一人になっている。

社会人が転勤したり、辞めることがダメなのか?

こんな当たり前のことを世間は怖いことのように伝えていくようになる。

社会人になった時、私は仕事を辞めることを決意する。

しかし、多くの人は仕事を辞められることはすごいことだと口を揃えていう

辞表を出すことが多くの人にとっては怖いことなのだ。

 

私の中では同じ環境にいて、歳をとってしまうことの方が怖いと思ってしまっている。

今の会社でキャリアを積むといってもある程度同じ事をするだけ

これが私に取っていいことなのか?

自問自答は続き、私は辞めた方が自分のためになると感じ、辞表を書いた。

仕事を辞めてわかったこと

私は辞める側になって色々と発見があった。

今まで異動している多くの職員を見てきたが、その人達のことを転勤して、数ヶ月も考えていただろうか?

久々に会ったら元気ですか?と声をかけるくらいのことしか考えていない。

異動した人は異動したところで頑張っている人の方が多い。

もし私が異動した人を数ヶ月考えていたら、異動した他人の事を一生懸命考えていると言えるのだが、久々に会ったのを見て思い出す程度。

それはどの状態にしても一緒である。

 

多くの人間は自分の壁にぶつかりながらは仕事している。

それが生きるということ。

他人の事なんて気にしていられない。

それが今の職場にいない人の事なんか一ヶ月に一度の飲み会で名前が挙がってくればいい方である。

どんな大変な目に遭っているかは新しい環境に入った人間にしかわからない。

新しい環境に入った人間が周囲に「大変だ」と言わない限りは、外に伝わっていくこともない。

どう考えてみても他人の人生なんて他人事

つまり、私の身近にも新しい環境に入っていくものが多かったが、他人の大変な状況など自分のことをやっていると思考の外に行ってしまうのだ。

簡単に言うと、他人の人生なんて全て他人事なのだ

誰かがいくらその場で心配してくれようとも、切り開くのは自分でしかない。

新しい環境をダメなものと捉えてしまう人が多すぎる傾向があることに明確に気付いてしまった。

 

教育でも、新しい環境に置くことで不登校の生徒が復活したなどの話しは有名である。

刺激がないとおもしろくないと考えてしまうのもどうかと思うが、経験は最高の学びであると多くの人が考えているはず。

また、学びがあると言うことは柔軟な知識があるということだ。

柔軟な知識は力になる。

新しいことを学ぶには新しい環境が手っ取り早い。

環境の変化がダメなことなのか?辞表を恐れるな

話しは戻るが、なぜ多くの人が辞表を出すことを恐れるのか

これは環境の変化に苦痛を伴うからである。

そして、環境の変化に適応していく人間はすごいということになるのであれば、色々変化に対応していける力があるなら色んな所に行く方が賢明である。

所詮は他人の人生なんて他人事なのだから、誰が責任をとってくれるわけでもない。

新しい環境に行くのは辞めた方が方がいいよと言われても、その人が助けてくれるわけでもない。

人の挑戦する気持ちをぶれるような発言や不安を煽る発言しかしない。

そういったことに耳を貸すこと自体無意味だと感じるようになってきた。

温故知新 自分はどちらの人生を歩むべきか

私がどんな人生を歩むかは自分次第だとよく考える時間がある。

地元は地元ならではの良いところがある。

変化を求めない組織があるから、その地域に一つ文化が残る。

温故知新というように地域での温故に私はなりたくない。

常に新しい考えを入れながら、人の意見を吸収しながら頭を柔軟にしていきたい。

地域を作るのはある地域に居座った人の思想が浸透していくことがわかってきた。

 

人生は安定した成功を求めることもできるし、不安定な成功を求めることもできる。

安定した刺激のない生活よりも、不安定な刺激のある生活を求めた人生を求めていきたいと私は思っている。

みなさんも冒険をしてみてはいかがだろうか。

自分の人生を決めるのは自分次第だ。

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