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教育

黒髪が問題になっているけど生徒の黒髪を強要させることが日本の気質に合っていることに気づけよ

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多くの芸能人が声を上げているこの問題について私見を述べさせてもらいたい。

 

黒髪にする必要性は何なのか。

昔のルールだからというのはわかるが、集団を教育するという人たちの意見も聞いてもらいたいモノである。

日本は皆が同じ事をするから公平さが保たれていることを知っているのだろうか?

全員が同じようなことをするから強くなるということも一つの考えとして私は悪くないと思っている。

日本がアメリカと同じようにと思っている方も少なくない。

もっと自由に。もっとゆとりを…。

悪い考えでは無いと思う。

しかし、私も従事していた一人の人間として言わせてもらいたい。

 

お前らガキどもを調子づかせたらどこまでも調子に乗ることを知っているのか?

 

基本的に黒髪なのは日本人は多かったので、ハーフや元々色が薄いのは教職員も承知のことである。

 

しかし、風紀が乱れると一気に乱れていくことの大変さを生活指導部は知っている。

服装の乱れは心の乱れ といわれることがよくある。

もちろん、勉強ができる進学校の人間にはこれは当てはまらない。

勉強ができる人間というのは要領を抑えている人間が多いので、学校では緩くても勉強は一生懸命やる。

部活動を一生懸命やるなどの別のところで力を発揮できる集団だからだ。

 

問題は学力が無く、メリハリをつけられない集団の場合である。

学校に茶髪の集団が登校していたら近所の人間だったらどのように思うだろう?

あの学校はどういった教育をしているんだと疑問視するに違いない。

今バイトの面接でカラコンをしてくる若者もいる。高級店に茶髪の人がいたら印象が違うだろう。

学校では黒髪でいてくれた方が地域からの信頼を得ることができる。

 

休み明けには毎回頭髪指導というものも存在する。

たいてい髪の毛をいじる生徒というのは、おしゃれを逸脱する人間であったり、先生に反抗したい気持ちであったり、他の人とは違うということを強調するための表現になっていたりする。

興味がなければ染める必要性は高校の段階で我慢しなさいといえば片付けられる話しなのである。

 

我慢できない人間に対して、我慢をさせて大人の壁になるのも一つの仕事だと考えてほしい。

 

染めた生徒に対して教職員は規律を守るために「黒髪にしてきなさい」といいます。

しかし、生徒は「あの子も染めてるんじゃないの?」足を引っ張ってくるんです。

そして、矛先は教職員に向かうのは教職員の大変さががっつり出るとこです。

嫌なことをあえてさせるのだから、それは精神的にすり減らされるに決まっています。

 

いつまでに染め直して来なさいと言って、点検日が何日も続くと思うと先生方だって憂鬱になるに決まっている。

 

生徒と先生の関係は細かいルールが適用されるから

私は更にいいたい。

生徒は平等性を求める所がある。

茶髪の人間を先生方はなんで注意してくれないの?と疑問を持っているし、問題を放っておくと先生と生徒との関係がぎくしゃくしてくる。

保護者にも伝播していき、学校評価アンケートというモノで学校は生活指導をしていないという烙印を押されるのである。

 

また、黒髪というルールがある以上、多くの生徒も茶髪やオシャレにしたいという意識はある。

その中で、休みに入っても我慢して守っている生徒がいる中、堂々と茶髪にしている人がいるとその生徒に対しても冷ややかな目線になっていくのである。

早急に黒髪にすることでその子の組織の中で集団に馴染みやすくなるという生徒の居場所を確保するという性質があることも理解してほしい。

知らず知らずのうちに辛い環境にある中で髪の毛で反抗を示していく。

真面目な生徒は快く思わない。

茶髪にしてしまった生徒はますます居心地が悪くなる。

勉強も人間関係も上手くいかない。

茶髪にした生徒は不登校になり非行に走っていくというケースは多い。

 

茶髪というのは許されるのは元々明らかに茶色ということが生徒も先生も全体が明らかにわかっているときにのみ通用することを考えてほしい。

悪い例でいえば

白血病になった子に対してなんであの人は毎日帽子を被っているんだ?という生徒からの苦情は基本的にこない。

話しは元に戻るが

髪の毛については色が染まっていて親の遺伝も重要だが、親の国籍や出身はもちろん公表されることはない。

全体に感づかれることもないのである。知らないからこそ不公平さが生じるが、知ることが人権問題に繋がるのである。

つまり、もともと茶髪っぽい子はなぜ許されるのかが全体に周知できない状況があり、理解ができないようにしている。そして原因を追及する人間も少なく触れようとしないことこそ大きな問題になるのだ。

 

元々茶髪っぽいという自己申告があったとしても、教職員は中学校の引き継ぎや電話連絡をしていることもあることも知っておいてほしい。

トラブルになる前に中学校の時に1回染めたことがあるかないかなど連絡を取ることもあるのだ。

なぜ、そこまでして世間から文句を言われなければならないのか私は解せない。

 

服装の乱れや頭髪の乱れを抑えておくのは集団教育の中で信頼感を得やすかったり、居心地の良い教育になりやすいことも皆さんに理解してほしいと思う。

 

一人がやり始めたら全体に伝播していく

ちなみに、私は教室を見ていたが、立ち歩きがひどい教室も入ったことがあるし、ゴミを放り投げている教室も見たことがある。

それに対して注意するかどうかで子ども達はダメなことと良いことを理解していく。

ゴミを放り投げて、ゴミ箱に入れる行為を2人くらいし始めたらそこの教室は放り投げてもよい環境ができあがり、それが普通になってしまう。

なし崩し的にほころんでいくのが学校の教育現場なのだ。

 

元々明らかに茶髪になっていた人たちにもいいたいことがある。

私たちは苦労したとの発言に対しては、周りの人間が全員理解できる状態にしやすいために行っていたということを大人になって理解してほしいと思う。

そもそもそこで、教職員は本気で外国の元々黒髪でない人たちに染めろとは本気では思っていません。

パフォーマンスや全体の人に対しての状況理解をさせているために行っているということも理解してほしいのです。

そのため、大人になってからも私たちは苦労したからという部分を、声を大にして言われることはますます学校の教育現場を辛くさせていくことになるので止めてほしいんです。

マスコミが真実の全てを伝えているとは全く思いませんが、マスコミつられてそれが正しいと思い込む人間が少しでも私は減ってほしいと思います。

それが社会を形成していく上で必ず私たちを苦しめる人間を作っていくことになるからです。

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